📌 3行要約
- 中国最大手DRAMメーカーのCXMT(長鑫)が、7月27日に上海「科創板」へ上場。調達額は最大666億元(約1.6兆円)と、科創板で過去最大規模になります。
- 「メモリ株の逆風」と言われますが、根拠になっている「月産35万枚でマイクロンに迫る」という数字は、そのまま供給量として読むと間違えます。
- WSPMは"工場の入口の広さ"であって、"出口から出るビット"ではありません。しかもCXMTはEUVが使えない。ここを外すと、脅威度を測り損ねます。
7月に入ってからのメモリ株の変調について、「悪材料はキオクシアの訴訟だけじゃない」という声が上がっています。その筆頭に挙げられるのが、7月27日に予定されている中国CXMTの上海上場です。
たしかにこれは今年アジア最大級のIPOです。ただ、報道の見出しをそのまま受け取ると、供給インパクトをかなり過大に見積もることになります。今回は「数字の読み方」に絞って、エンジニアの視点から解説します。
① まず、何が起きるのかを整理する
CXMT(長鑫存儲技術/親会社は長鑫科技集団)が、7月27日に上海証券取引所の新興企業向け市場「科創板(スター・マーケット)」へ上場します。
調達額の報道には開きがあります。
- ロイター(関係者ベース):295億元(約43.5億ドル)を目指すと報道
- 会社開示ベース:1株8.66元で発行し、少なくとも579億元(約1.4兆円)。オーバーアロットメントをフル行使すると最大666億元(約1.6兆円)
数字が倍近く違いますが、後者は開示資料に基づく条件なので、こちらが確定値に近いと見るのが妥当でしょう。当初目標から増額されたとみられます。この規模は2020年のSMIC上場を抜いて科創板で過去最大です。
CXMTは世界第4位のDRAMメーカー。2025年の市場シェアは約7.7%。合肥と北京に12インチのDRAM工場を持つとされます。調達資金は生産ラインと技術の更新に充てられます。
② なぜ「メモリ株の逆風」と言われるのか
理由は2つあり、性質がまったく違います。混同しないことが大切です。
【1】流動性の吸収(短期・需給の話)
約1.6兆円が中国株式市場から吸い上げられます。半導体株が不安定な中で、中国市場の流動性を低下させる可能性が指摘されています。ただしこれはマネーフローの話で、メモリの実需とは無関係です。
【2】DRAM増産による供給過剰懸念(中長期・実需の話)
調達資金は生産能力の拡大に充てられます。「中国が増産する → DRAMが余る → 市況が崩れる」という連想です。投資家が本当に怖がっているのはこちらです。そして、ここに数字の読み間違いがあります。
③ 【エンジニア解説】「月産35万枚」というトリック
いま各所で引用されているのが、調査会社SemiAnalysisによるウェハー投入能力の推計です。
- サムスン電子:月72万枚
- SKハイニックス:月59.5万枚
- CXMT:2026年末に月35万枚(2025年末の26.5万枚から積み増し)
これが「CXMTがウェハー能力で3位マイクロンの9割超に迫る」と報じられ、供給過剰懸念の根拠になっています。
ここで立ち止まってください。WSPMという単位が何を表しているかです。
WSPM(Wafer Starts Per Month)は、ウェハーを1カ月に何枚、前工程へ投入できるかを表す数字です。
完成したDRAMチップの個数でも、出荷されるビット量でもありません。
つまりこれは工場の入口の広さを測る数字であって、出口から何ビット出てくるかは全く別の話です。
▼ ウェハー1枚から出るビット数は、こう決まる
出荷ビット =(ウェハー面積 ÷ ダイ面積)× 歩留まり × 1ダイあたりのビット数
ここで効いてくるのがプロセス世代です。同じ容量のDRAMでも、先端プロセスで作ればダイは小さくなり、1枚のウェハーから取れるチップ数が増えます。世代が1つ進むだけで、ウェハー1枚あたりのビット数は大きく変わります。
だから、ウェハー投入枚数が同じでも、プロセス世代が違えば供給ビットは全く違うのです。「35万枚 ≒ マイクロンの9割」を「供給力がマイクロンの9割」と読み替えるのは、入口の広さを見て出荷量を語っているのと同じです。
④ そしてCXMTには、EUVが使えないという制約がある
ここが決定的です。
米国の輸出管理の下で、CXMTはEUV露光装置を入手できません。先端世代のDRAMを作ろうとすれば、DUV(ArF液浸)でのマルチパターニング——1層のパターンを複数回の露光・エッチング・成膜に分割して形成する手法——に頼るしかありません。
装置側の視点で言うと、これは次を意味します。
- 工程数が増える:1層あたりの成膜・エッチング・露光の回数が積み上がる
- スループットが落ちる:同じ装置台数でも、ウェハーが工場を出るまでの時間が延びる
- 歩留まりリスクが上がる:工程が増えるほど、合わせ精度のばらつきが効く
- ビットあたりコストが上がる:上の3つの帰結
つまりCXMTは、「入口の枚数」を増やすことはできても、「出口のビット」を大手と同じ効率では増やせない構造にあります。EUVがない状態で微細化を進めるほど、この差は開きます。「月産35万枚」が独り歩きしているのは、この制約が数字に反映されていないからです。(WSPMやプロセス世代の考え方は、いずれ単独記事でも掘り下げます。)
⑤ CXMTが埋めているのは、大手3社が自分で空けた穴
構図としてもう1点。いま世界はDRAM不足です。原因は単純で、サムスン・SKハイニックス・マイクロンがAI向けHBMに生産能力を振り向けているからです。AI需要が従来型DRAMから能力を奪い、汎用DRAMが足りなくなりました。
そしてCXMTが作っているのは、DDR4やDDR5——まさにその足りなくなった汎用DRAMです。
- CXMTの増産がぶつかるのは汎用DRAMのセグメント
- 大手3社の利益の源泉であるHBMとは、直接ぶつかっていない
- HBMにはTSVや先端パッケージングという別のハードルがあり、汎用DRAMの延長線上にはない
むしろCXMTが汎用DRAMの穴を埋めることで、大手3社は安心してHBMに資源を集中できる、という見方すら成り立ちます。実際、西側のPC大手が中国製メモリの採用検討に動いているという報道もあり、これ自体が需給の逼迫を物語っています。HBMについてはこちらの解説もどうぞ。
⑥ 「逆風説」への反論と留保
プロの側からも、逆風説には慎重な見方が出ています。
野村のアナリストは、AI業界の前例のない需要を挙げて「メモリーの供給は依然として不十分だ」と指摘。SemiAnalysisのモデルでも、CXMTの増産を織り込んでもなお、2026年は供給不足が続くと見られています。
一方で、留保も必要です。
- 長期的には、CXMTの技術的な追い上げと能力拡大が競争環境に不確実性をもたらすのは事実
- 上場で開示される目論見書の実数(キャパシティ・粗利率・顧客構成)次第で、脅威度の評価は変わりうる
- 国策案件であり、初値の付き方は中国半導体株全体の地合いに影響する
今後の見通し
7月27日のCXMT上場は、中国が海外製メモリへの依存を脱却する上での最重要ピースであり、その意味は小さくありません。
ただし「メモリ株の逆風」として株価に織り込むには、前提の確認が要ります。
- WSPM(入口)とビット出荷(出口)は別物であること
- EUVなしの微細化には、工程数・スループット・歩留まりのコストが乗ること
- ぶつかっているのは汎用DRAMであって、HBMではないこと
- その汎用DRAMは、そもそも大手3社がHBMに移った結果として不足していること
逆風はゼロではありません。ただ、それは10年かけて効いてくる話なのか、今週の株価が織り込むべき話なのか。次に見るべきは、27日の初値と、目論見書に載るビットあたりコストの実数。この2点を追いかけていきます。
※本記事は投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定は、ご自身の判断と責任において行っていただきますようお願いいたします。

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